久々の投稿。イクパパLifeです。
イクパパLifeのホームページが出来ましたので、近日中にご報告いたします。
もしみなさんが「ちょっとお願い」と言った時に、どれくらいを「ちょっと」と感じますか。1分?5分?、はたまた片付け程度?夕食の支度程度?ちょっとの認識は人それぞれ。伝わらない言葉は、ただの音。どういうことか、ちょっと考えていきましょう。
我が家の例 ちょっと畳んで置いて
こここが産まれた後に起きた出来事ですが、妻から「ちょっとこの洗濯畳んで置いて」と言われました。特にやらなければいけないこともなかったので、「わかった!畳んどくね」と伝えました。洋服、タオル、パンツある洗濯は、全部畳みました。
お分かりいただけただろうか
妻に終わったことを伝え、自分の作業に戻りました。
妻:「ねえ、終わってないじゃん。」
私:「え?終わったよ。畳んであるじゃん。」
妻:「いやいや、畳むんだったらしまうまでやってよ。」
私:「だって畳んでって言ったじゃん。それに適当に入れて怒られてもやだし。」
妻:「普通畳んだらしまう。当たり前でしょう?なら聞いて」
普通のことが全員の普通とは限らない
妻に言われた時に「確かに!」と思いましたが、なんか謝れずに意地を張ってしまいました。その夜にちゃんと意地を張ったこと、畳むだけと思っていたことなど話し謝りました。その後は、終わった後に「これどうする?」や「しまっても大丈夫?」と聞くようになりました。
お母さん達にすれば「子供だってやるのに」と思うかもですが、普通と思ってることが普通に感じているかは、人それぞれなのです。
伝えると伝わるは全く違う
伝えるは、一方的に音として伝達すること。
伝わるは、受け手(聞き手)が送り手(話し手)が意図して伝達したことを理解していること。
このように伝えたことが、そのまま伝わったことにはならないのです。コミュニケーションは、双方に思いが伝わり、適切に理解をされて初めて成り立ちます。現代人の多くはこれらが苦手て、「言ったことは理解されている」、「音として伝えた」ことで伝わっていると勘違いしてしまうのです。
伝えることが苦手になったワケ
昔から日本人は、率直に物を伝えることが苦手だったので、今に始まったわけではありません。曖昧さや気持ちを読み取る、俗にいう空気を読むことが美徳とされていました。それにITが拍車をかけ、声や仕草などの非言語的コミュニケーションがなくなり、言葉だけのやり取りへ変化してしまった。
結果相手の仕草や手ぶりなどから伝わったかわからず、より伝わることが出来なくなったのです。
メールや電話だけでない生のコミュニケーションを
最近の夫婦では、実際に顔を合わせて話す時間が物凄く少なくなっています。忙しさは群を抜いて、近年上昇していますが。ただ阿吽の呼吸で物事を行なっていく夫婦が、細かいことまで話せないというのは弊害が大きいです。
1週間に1度、1時間でもいいので、お互い腰を据えて、近況報告やお互いの体調について聞きましょう。話し合っているかどうかで、いざという時の対応力が異なります。
どうしても伝わることが難しい時はマニュアルを活用
なかなか言葉で難しいこともあります。根本的に意見が食い違う時や聞く姿勢がない時、なんだか伝わらないなんてことも。そんな時は、育児本や教育本、はたまたお母さん自身が作った“マニュアル”を使ってみるのはどうでしょうか。
例えば
これ以外やらなくなりそうですが、初めのきっかけとしてはいいのかも。お母さんの労力をここに注ぐのは勿体無いですが、作ってしまえばなので。ぜひ“伝わる”コミュニケーションを、行なってってみましょう!